[ 愛する人へ ] ――愛する人へ 「レイン、布団干しよろしくね。私には無理だし。」 「オーケィ、フレア。」 俺の名はレイン。緑色の鱗がある竜人。 今さっき話してたのが、フレア。 赤色の鱗の無い、滑らかな肌をした竜人。 俺の……まぁ、その、奥さん。 俺達は、つい先日結婚した。 うちの村では、結婚した際、両者に腕輪が渡される。 雄だと左腕に、雌は右腕に腕輪をするのが習わし。 腕輪自体には特に意味は無い。形式的な物だ。 結婚の儀式は村でもお祭り騒ぎになる。 結婚した両者を差し置いてしまうほど。 まぁ、俺もフレアも楽しかったし、 別に構わないのだけど。問題は、就寝時。 結婚した者には、風呂付きの家が一軒与えられて、 二人で生活出来るようになるんだが……。 結婚の儀式当日の夜は、 "恵みを神から授かる日"らしく。 付きっきりで、長老達が家の外に居て見守っている。 何かしたらしたで、(俺にとっては)非常に 恥ずかしい状況に追い込まれるのは 目に見えていたのと、フレアと初めて 一緒の布団で寝たという緊張から、何もしなかった。 出来なかったという方が正しいかな。 それ以来、俺は少し憶病になっている。 お風呂に、一緒に入るのは慣れたけどな……。 二人で生活するようになってから、一週間。 さっきの話じゃないけども、力仕事全般は俺、 それ以外は出来る範囲で手伝う形になってきた。 「フレア、今日は何作るんだ?」 「そうね……、木の実のスープにする?」 「いいね。俺、好物だし♪」 とか言ってる側から、俺の尻尾は揺れる。 フレアの料理なら、何でも美味いから。 「今日は夜に仕事あるの?」 「いや、ない。だから大丈夫〜♪」 俺は、実入りがいいからと、 たまに冒険者まがいの仕事もしている。 それで家を空ける事もある。 フレアもこの事は知ってるから、 そう言うんだろう。 夕食を終え、風呂へ入る。 「レイン、入って大丈夫?」 「あぁ、うん……。」 そう言うと、フレアはタオルで 胸から下を隠しながら、 風呂の洗い場に来る。湯船はすぐ隣り。 湯船は、雄4人が入れるくらいの スペースがあるんだが、 洗い場は二人半くらいのスペースなので、 俺は湯船に浸かりながら、洗い場の方を見る。 フレアは微笑み、軽く頭を撫でてくれた後、 自分の身体を洗い始める。 好きな人と一緒に風呂に入れて、 一緒の布団で寝る。 結婚したんだから当たり前だが、 やっぱり何かまだ、こそばゆい。 「レイン、どうしたの?」 「あ、あぁ。何でも無い……。」 不意に声を掛けられ、恥ずかしくなり、 湯船に顔を半分埋める。 多分真っ赤なんだろうな、俺。 風呂から上がり、布団で待つと、 程なくしてからフレアも布団へ潜る。 「明日は、レインが好きな果物が 手に入りそうだから、デザート作るかな。」 「楽しみにしてるね〜。」 「それじゃ、おやすみ、フレア。」 「うん。おやすみ、レイン……。」 フレアは、毎日少し残念そうに、 お休みを言って、俺を抱き締めてから寝る。 ……やっぱり、不安なのかな。 子供が欲しいのもあるかもしれないけど。 だから俺は、横になったまま、 フレアに口付けしてから眠る。 明日は、今の俺から変われると願いながら。 -------------------------------------------------------- それから3ヶ月。 久しぶりの冒険者としての仕事。 「さて、と。これを隣町まで運ぶんですね?」 「あぁ。ここのところ、盗賊が多くてね。」 今回は珍しく一人での護衛。まぁ、大丈夫だろう。 俺は馬車と共に、街道を急ぐ。 明日はフレアの誕生日。 報酬を前借りして購入した、 胸元に小さなサファイアの球が3つ連なる、 シルバーチェーンのネックレス。 行商人を拝み倒して買ったプレゼントだけど、 喜んでくれるかな。 行程のほぼ中間にさし掛かった頃、 街道脇の森から気配がする。 馬車を、ゆっくり先に進ませながら 様子を見ていると、獣人が馬車を取り囲んできた。 数は5人。猛者は……居ないようだな。 これなら何とかなる。俺は剣を取り出す。 一斉に来られたらどうしようか考えたが、 統率が取れてる訳でもなく、 思い思いに襲い掛かってくるのをなぎ払う。 程なくして片付き、馬車も隣町へ到着する。 「お陰で助かったよ。これはお礼だ。」 「えっ? 報酬なら既に頂いてますよ……?」 「あんたが頑張ってくれたから。やるよ。」 「それじゃ、遠慮なく。」 酒場に寄り、報告をしてから村へ向かう。 「……ただいま、フレア。」 「早かったのね。おかえり、レイン。」 帰るやいなや、家の前で抱き締められた。 俺は少し気恥ずかしくなり、頬を掻く。 この仕事してるんだし、 当然の反応なんだけど、やっぱり顔は赤くなる。 「……フレア。 とりあえず、中入っていいか?」 「あ。うん、ごめんなさい。」 少しすまなそうにしたフレアと家に入る。 「あ、そうだ。これ。」 「……?」 ネックレスを渡すと、一瞬驚いたが、 プレゼントだと伝えると、喜んでくれた。 フレアがアクセサリーを付けたところ、 見たこと無かったけど……やっぱり似合う。 褒めると、少し照れていた。 寝る準備も済ませ、フレアと一緒に布団に入る。 いつもなら、このまま寝るのだが……。 「フ、フレア。起き……てる?」 「……うん。どうかしたの」 「あっ、あのさ。えっと……その。 嫌じゃなかったら、俺と……。」 「いいわよ。」 優しく微笑むフレア。俺は、嬉しくて抱き締める。 今日は寝れないかもな。 こうして、俺は初めてフレアと身体を重ねた。 -------------------------------------------------------- 「レイン。あのね、私……子供が出来たみたい。」 「えっ? そうか……。 俺の子かぁ。名前何にするかな。」 そう言いながら、顔が綻ぶ。 今日は村の隣町への買い出し。 そんなに遅くはならない。 早めに帰るように告げ、隣町へと向かう。 「俺も、とうとう親か……。 フレアに似て美人だといいな。」 まだ雄か雌かも分からないが、 内心ウキウキしつつ、買い物を済ませていく。 今日はフレアが好きな、 胡桃入りのパンを買って、 ささやかに祝おう。長老にも伝えないとな。 いちおう、フレアの親だし。 「あら、レイン君。今日は、ヤケに 機嫌良さそうじゃない?」 毎度世話になっている雑貨屋の、 豹獣人の女店主に言われる。 俺が親になる事を告げると、 店の奥から何やら持ってくる。 「可愛い可愛いレイン君が 親になるんだったら、 ウチのとっておきの酒をあげるわ。 感謝しなさいよー?」 「……ありがとう、セマさん。」 「やーね、セマ姉さんでいいわよ? 産まれたら教えてね。 またサービスするわよ♪」 お礼を言い、少し大きめの瓶を受け取る。 セマさんは、何かあると、 よく話を聞いてくれる人なので、 迷惑掛けっぱなしだ。 今度何か、お礼を持ってこよう。 お礼に対しても、お礼する人だけど。 セマさんに見送られ、隣町から村へ向かう。 道中、気が緩んでたせいか、 いつもなら気付いた気配が、 気付けなかったのを後に知った。 村に着くと、フレアが他の竜人の女性と 話をしてるのを見つけ、声を掛けようとした時。 『――動くな。』 背後から強い殺気を伴った気配。 一瞬で手練れだと分かり、荷物を置く。 「……用は何だ?」 『お前の命を奪いに来た』 俺の声が聞こえたんだろう。 フレアが手を振った後、こちらへ向かってくる。 「レイン、遅かっ……」 「来るなぁぁっ!」 そう叫んだのと同時に、 俺の胸に短剣が突き刺さる。 「レイン……? いやぁぁぁっ!!」 フレアの叫ぶ声がする中、竜人は力なく倒れた。 「……レイン、気がついた?」 「ここは……?」 「父さんの家。もうすぐ、 竜人のお医者さんがくるからね。」 俺は包帯を巻かれ、ベットに横になっていた。 程なくして医者が来るが、顔が険しい。 そりゃそうだろうな。 ……自分でも分かるよ、致命傷だって。 俺は、泣き続けているフレアの目を優しく拭う。 「……フレア。子供の名前、決めたんだ。 男の子なら、"ルイズ"。 女の子なら、"フレイ"は……どうだろ?」 「……良い名前ね。うん、うん……。」 「泣くなよ……名前決まったんだぞ? もっと喜べよ……。」 フレアは手を握りながら、泣きじゃくっている。 俺はもう片方の手で頬を撫でてやる。 「だって……。」 「いつもみたいに、笑ってくれよ……。 美人が台無しだぞ?」 そう言いながらも、段々と身体に力が入らなくなる。 フレアの握る手の力が強くなる。 「フレア。」 「なに……?」 「……ありがとう。あと、ごめんな。」 -------------------------------------------------------- ――あなたへ。ルイズはとても元気です。 元気すぎて、困るくらい。あなたの性格そっくりよ。 ルイズも、もう6歳。 あなたの事は、何度も話してるわ。 強くて、元気で、お母さんを守ってくれた、 凄い人なんだって。 あなたが聞いたら、きっと恥ずかしくて、 いつもみたいに頬を掻くんでしょうね。―― 「おかーさん、何書いてるの?」 「あぁ、ごめんね。 お父さんに手紙書いてるの。」 「お父さんは、お空の家に 住んでるんでしょ? 手紙は届くの?」 「……そうよ。手紙なら、 いつでも読めるから、お父さんも読めるわよ。」 「じゃあ僕も書くー。 "お父さん、お母さんを守ってくれて、 ありがとう"って。」 「……そうね。そうよね。」 フレアはルイズを抱き締めた。 不思議がるルイズの頭を優しく撫で始める。 ――愛する人へ。 ルイズと私は、とても元気です。 だから…… そんなに、心配しなくても大丈夫よ。 =完=