次元の狭間 魔物が住むと言われている。 ここから生きて生還したという報告は……ない。 ある者達以外には。 「…はぁ。」 この場所に来てから、もうどれだけ経ったんだろうか。 時計盤も止まってるし、腹も減らないから時間が分からん。 あげくに、足下はあるが、『空』と『地』の区別が無い。 ここにあるのは、何だか分からないような色だけ。 今のところ、俺しか居ないようだ。 一緒に『喰われ』た仲間の竜獣達は見当たらない。 「……気が滅入るな。」 何だか分からない、この空間で横になって目を瞑る。 最初は、ただのモンスター討伐って話だと思っていた。 珍しく簡単な仕事かと思ってたんだが……。 俺は凡骨竜。緑竜種という緑色の竜だ。 翼はあるが、疲れるので普段は飛ばない。 そんなことをしてるせいか、最近太り気味。 この身体のお陰で、年齢が高めに見られがちで、 仕事を請けるには都合が良いのだが、 恋愛の話などの噂が無いのが寂しい所。 まだ若いんだけどな。 依頼リストからいつものように、 『楽そうな仕事』を尻尾で器用に拾い、吟味していた。 仲間には、よく『サボリ竜』とか言われてるが、 やる気が出るような仕事が無いのだから仕方ない。 魔力が乏しいなりに、他の竜族や獣人族の技術を習得した分、 今では仕事に困らなくなった。 まぁ、刺激的なのに飢えてるのは、誰が見ても明らかだろうが。 そんな時、1つの依頼を見つけた。内容は、 『カヌール地方の廃城の調査』というものだった。 よくある、廃城から誰も帰って来ないので、 化け物が居るという噂になっているようだ。 報酬も相場より高いし、運がよければ巣も確保出来るかもしれない。 いい加減、たまに行くような別荘が欲しいと思ってた所だし。 「何か良いのがあったか?」 すぐ傍に居る蒼い狼に聞かれる。こいつは、B・ブラスト。 数十年前から、ある事情で行動を共にするようになった狼だ。 得意なのは水を扱う事と、時を僅かに扱う事。 ブラストの魔力と技術なら、近い未来と過去なら行き来が 出来るはずだが、時をいじるのは良い事では無い為、 俺が許可した時のみという事にしている。 本来の名前自体は、元々無いらしいのだが、 走ると蒼い閃光が通り過ぎるように見えるので、 『The blue glint of light of blast of wind』を略して、 B・ブラストもしくはブラストと呼んでいる。 「あぁ。見た感じ、良さそうなのがね。」 一枚の依頼書をヒラヒラさせながら答える。 いつものように情報屋に報酬を渡した後、馴染みの仲間達と、 傭兵を数名雇い、調査に向かう事にした。 カヌール地方に到着してから、街で廃城の噂を詳しく調べてみると、 やはり廃城に何かが住んでいるらしい。 黒い霧のようなものや、暗闇の中で光る赤い目を見たという話もあった。 昔は城主が居て、この地方を治めていたようなのだが、 ある時期から全く姿を見なくなり、既に100年以上経っており、 姿を見なくなる直前に、怪しげな魔術師が、 城に行く道で目撃されたのだが、 それ以来戻って来たという話も無いらしい。 噂は半信半疑なものだとは思うが、この時から嫌な予感はしていた。 だが、よくある話なので、何とかなると思っていた。 次の日、噂の真偽を確かめに、本格的に廃城の調査へと向かう。 昼間に向かったのだが、少し薄暗い感じで如何にもな感じだ。 街から少し離れた場所にあり、随分昔から誰も居ないらしい。 周囲を森に囲まれ、近くには小川もある。 少々離れたところに、洞窟も見つけた。 「さて。まずはどうしたもんか。」 両腕に手甲、指輪を付けつつ、身体に紋様を描きつつ考える。 俺自身は何も能力や魔力が皆無なので、魔力を増幅する指輪や、 身体を守る為の紋様等を描く必要がある。 幾つもの流派の技術を組み合わせてるので、 俺しか分からないんだけどな。 準備が整った後、仲間と傭兵を連れて城へ向かう。 中に入ってみると、想像より綺麗な感じだった。 ロビーには巨大シャンデリアも壊れずにあり、 中央奥には二階への階段もある。部屋も数多くあり、 広い食堂、大浴場、書斎等もある。 中庭もあり、三階や四階もあるようで、螺旋階段も見つけた。 一通り見た感じでは、使わなくなってから、 さほど時間が経ってないようだった。 衣食住関係の設備は、かなり小まめに手入れをしてるようで、 今すぐにでも使えるような感じだ。食料類は無いが。 一階は一通り調べたので、ABCD班に分け、 手分けして二階から四階の調査を始める。 しばらくして集合を掛けると、 四階に行った傭兵達が居ないことに気付く。 「A班は何処の担当だったんだ?」 「四階の奥部屋から調査してたはずですけど……。」 他の仲間や傭兵達は戻ってきてるので、 恐らくそこが噂の元なんだろう。 俺達は四階の奥部屋へと向かう。すると、 何やら紋章が描かれている両開きの扉へと辿り着く。 「随分凝った書斎だな。他の階にも書斎はあったが……。」 中に入っていくと、傭兵の装備が所々に落ちていた。 警戒しつつ、奥へと向かう。幾つもの本棚を通り過ぎ、 少し開けた場所に出ると……。『奴』が居た。 黒い霧のようなものに傭兵が喰われている。 「何だこいつ……。各班配置にっ!」 それぞれ攻撃を仕掛けてみるが、手ごたえが無いようだ。 斬り付けた剣が黒い霧に飲み込まれ、無くなった所を見ると、 近づかない方が良さそうだ。 「遠距離から攻撃っ!そいつに近づくな!」 広がって攻撃するには、少し狭い部屋だが、仕方ない。 攻撃を続けてみるが一向に変化の兆しが見られない。 (……こいつはマズいな……) 「仕方ない、皆撤退する……ぞ?……ちっ。」 いつの間にか、扉の前にも黒い霧が広がっている。 仕方が無いので、床に魔方陣を描き、穴を開ける。 「早く逃げるぞ!」 一緒に居た傭兵や仲間を逃がしつつ、 風で追いやるのは効果があるようなので、 続けながら牽制しておく。ただ、A班のメンバーは見つからない。 穴から逃がしたのを確認し、後を追うのと同時に、遠隔で穴を塞ぐ。 一度城から引き上げ、城から少し離れた森の中で相談する。 あの様子だと城に封印し、誰も近づかないようにした方が 良いのかもしれない。本来は調査のみだったのだが、 あんな化け物を放置しておくと、また犠牲者が出てしまう。 それに……助けられる奴が居れば、助けたい。 傭兵は、やはり来れない……というか、来ない。 自分の命が掛かったら、金の問題では無いのは当然だが。 仕方が無いので、俺と数名の仲間だけで、城へと向かう。 ゆっくり扉をこじ開けると、部屋の奥の方に 黒霧が固まっていた。何やら、こちらを『見てる』ようにも見える。 (……そういえば、消えたのは何処に行ったんだ?) 様子を伺うと『近づいてくる』のは分かるのだが、 やはり中身が見当たらない。今までの経験では、 霧状のモンスターというと、捕らえて弱らせるのが普通だ。 こいつのように、取り込むかのような行動が見られるのは、 スライムのような液体のモンスターの特徴だ。 まぁ、あいつらは『溶かす』んだが。 「……どうするんだ?このままじゃ埒が明かん。」 すぐ脇で、警戒しているブラストに言われる。 「焦るな……考えてる所だ。  正体が分からない以上……喰われてみた方が早いかもな?」 「凡、正気か?あり得んぞ。」 「なぁに……俺らだけなら、何とかするさ?」 近くにあった書物を取り、ささっと紋様を描く。 描き終わった直後、黒霧の中に投げ込む。 「さぁて……中を覗かせて貰うか。ブラスト、支援を頼む。  皆は近づかせないようにしてくれ。」 「仕方ないな。また無茶するなよ?」 ブラストが吠えると、広がっていた霧が、 俺の前から少し離れた場所に集まっていく。 それを確認したのち、意識を集中させ、 本の中から黒霧を覗く。 見る限り、黒いだけの空間がずっと続いてるようだ。 中の様子を見る限り……誰も居ない。 (本が喰われる気配も無いな。何なんだこれは?) 「いいか。さっさと封印しないとな。」 思念を広げ、本のページを紋章を描きつつ四散させて、 その空間に散らばせていく。 (効くかどうかは分からないが……) ほどよく広がったころ、一枚一枚に念を送り、 巨大な魔法陣を描く。 「……邪気、封印っ!」 中から輝きが漏れ、段々と黒霧が晴れていき、 完全に霧が晴れると同時に、一冊の本が地面に落ちる。 「一時はどうなるかと思ったが…」 「まぁ、大したことないならないで、いいじゃないか。  ちょっと残念だけどな。」 ほっと胸を撫で下ろし、撤収準備をする。 一通り終わり、帰りはじめる頃……。 「凡。変だぞ。まださっきの奴の気配がする。」 「ん?気のせいじゃないか?」 周囲を見渡すと、本棚に置いた本が、 カタカタと小刻みに震えている。 (まさか……) 急いで封印した本を見ると、 段々と赤く染まり封印が解けていく。 「……総員退避っ!」 そう叫んだ瞬間、周囲全て飲み込まれ、 意識が途絶えた。 「ん……どこだ、ここは?ブラスト?」 周りを見渡すが、誰も居ない。気配もない。 「探すか……。」 俺はあても無く、天地も何も無い世界を歩きだす。 (……まだまだ探して無い所があるはずだ) ブラストだけは、特殊な印がある為、 分かるはずなのだが……。何処にも気配がない。 今までにこんな事は無かった。 「全く……、何なんだここは。」 周囲を見渡し、歩きながら脱出方法を考える。 先程の様子だと、一度は封印出来た。 ただ、封印する媒体…この場合は本だな。 それの許容量を越えた為、反発力として 戻ってきた、というところか。 今度は違う方法を考えた方が良さそうだ。 「……気が滅入るな。」 ごろっと転がり、上を見上げて呟く。 目を開けると、まだあの空間の中。 とりあえず天と地はあるので、 地に紋を描き、しばらく待つ。 次第に光り始めた頃、上に立ち呪文を唱える。 「妖魔獣、捜索を頼む。」 言うやいなや、猪や狼、鷹などが現れ、 四方に散っていく。暫くしてから、 連絡が入る。俺はその方角へ向かった。 「……よ、ブラスト。」 「凡、遅いぞ!」 「悪い悪い、寝てた。」 猛抗議されつつ、ブラストを囲んで居た、 謎の化け物を排除する。 「なんだ?こいつら。」 「さぁな……俺を狙ってたのは確かだが。」 「ブラストを…ねぇ……。」 程無くして、一緒に『喰われ』た仲間と、 A班のメンバーと合流した。話を聞いてみると、 やはり扉を開けた瞬間にやられたらしい。 合流後も出来る限り捜索はしてみたが、 生存者は他には居なかった。 「さ、どうやって出ようか。」 「……考えてないのかよ。」 溜め息交じりにブラストがぼやく。 (出るだけなら出来そうなんだけどなぁ…) 「そういえば、他の仲間は襲われて無かったんだよな?」 「あぁ、そうだな。俺は襲われたが。」 「……何故だろう。」 考えてはみるものの、ブラストはまだ未熟だ。 理由があるとするなら……。 「ブラスト。許可するから、ココの過去を『視ろ』。」 「……了解。」 ブラストの目が青く光り、周囲を見渡す。 『視る』だけなら、どの時間にも影響は、ほぼ無い。 しばらくしてから……。 「この空間は徐々に広がったみたいだな。  それと……魔力を持った人間が見える。  どうやらこいつが作った魔物のようだ。」 「そうか、でかしたっ。もういいぞ。」 ブラストを撫でた後、深呼吸してから、目を瞑る。 「万物の長よ、世界の理よ。我は強く願う。  自然ならざるものを、罰する力を。  人ならざるものに、作られた命を……  還す力を貸し与え賜え。」 両腕の手甲が光り、地面に魔法陣が広がる。 ほどなく、陣が光りだし、周囲を光が埋め尽くしていく。 「発動、邪気封印陣・閃!」 光の中、俺は光が届かない場所を探す。 そこに本体があるはずだ。 (………見つけたぁっ!) 手元に引き寄せるように手を延ばすと、 黒い塊を光が包んでいく。 「集っ!」 叫ぶと共に、魔方陣の中央に塊が埋まっていく。 「球……封印。」 黒い塊は、小さく鈍く光る、黒水晶球になった。 ブラストが『それ』を拾う。 「……これでもう、大丈夫だろ。」 「で、どうやって出るんだ?」 封印は終わったのだが、空間は残ったままだ。 おそらく、こいつを倒さないと消えないのだろう。 「あ〜……こじ開けるか?」 「結局そうなるのか……。」 溜め息つかれながらも、準備を始める。 俺は身振り手振りをするように印を結び、 呪文を唱える。 「ふう、これで完了っと。」 全員の体が微かに青く光りだす。 空間をこじ開けた時にバラバラにならないように する術だ。すぐさま準備をする。 「じゃ、こじ開けさせて貰いますか。  ブラスト、空間の管理の緩い所分かるか?」 「そうだな……そこだな。」 ブラストが近くの何も無い空間を向く。 「よし、じゃあ……いくぞっ!」 俺は『そこ』に手を延ばし、円を描いた後、 両手で強く両側に引き、裂け目を作る。 開いた後、円に沿うように引っ掻ける形で、 穴を広げる。 「さぁ、皆出るぞ!」 仲間が外へ出たのを確認し、ブラストに声を掛ける。 「じゃ、ブラストも先に出て。」 「了解。」 ひょいっとブラストが出た後、異変が起こった。 「空間が……『歪んだ』?」 完全に封印したにも関わらず、どうやら まだ余波を残すほどの相手だったらしい。 (……何なんだ、こいつ…) 閉じかける空間を力一杯こじ開け、 俺も出ようとする。 「凡っ、早くこいっ!」 ブラストの声が聞こえた。それと同時に、 俺自身も無理やり空間から出る。 「はぁ。とんだ依頼だったな……。」 「全くだ。報酬、法外な値段にするか?」 「それも楽しいけどな♪さて。最後の仕上げだ。」 皆に部屋の外に居て貰い、俺はブラストに持たせた水晶を、 部屋の中心に作った、台の上に転がらないように置き、 床や壁など周囲に文字を描いていく。部屋の窓を閉め、 扉を閉めた後、扉にも封印の魔術印を描いておく。 最後に扉へ頑丈な鉄鎖を掛け、扉の前には、 竜・獣・人間全ての力を一時的に封印する、 特殊な法陣を描く。俺の持つ力は大したこと無いので、 俺自身は大丈夫なのだが、ここを開ようとする奴なら、 確実に扉は開かないようにする仕組みだ。 全ての処理が終わり、全員で外に出る。 「ん〜……外の空気は美味いな。」 軽く伸びをしてから、欠伸をする。 全員脱出は残念ながら無理だったが、仕方ない。 「さて。じゃ、交渉しますか♪」 「……派手にやりすぎるなよ?」 「分かってる、分かってる♪」 帰りがてら、俺はどう交渉するか考える事にし、 無事に帰れたのに感謝した。 ……ちなみに。あの後、激闘(?)の交渉の結果、 かなりの額の報酬を受け取ることが出来た。 最終的にカヌール地方の国王に、 話が行ったとか何とか。俺は報酬貰えれば、 あんまり気にして無いが。 それと、廃城も好きにしていい話になった。 俺もカヌール地方の廃城付近の侯爵になると言う、 条件付きで。といっても、何も仕事は無い。 形だけでいいという話だった。旅には支障はない。 「次の仕事は何にするんだ?」 御馳走の高級骨付き肉にかぶりついている、 ブラストに聞かれる。 「そうだなぁ…これだけあれば、  当分は仕事しなくていいんだけどなぁ……。」 「仕事請けない訳じゃ無いだろ?」 「……怠けてるのも悪く無いなぁ。」 「俺がそんな事、凡にさせるとでも?」 「え〜。仕方ないな……。少しだけはやるか。」」 俺も久しぶりの豪華な料理を食べつつ、 次の依頼の紙を尻尾でヒラヒラと見繕っていた。 また、『楽そうな仕事』を探しつつ……。