[ 生きるということ ] 『ぼくは ここにいる』 「汀(なぎさ)、遅刻するぞ!?」 「あっ、待てよ!」 『ぼくは ここにいる』 「乾慈(かんじ)、今日のテスト何だっけ?」 「確か……古文と歴史。」 「うぇ、苦手なのばっかじゃん。」 『ぼくは ここにいる』 「乾慈、頼むっ! コロッケパン奢るから、休み時間に教えてくれっ!」 「汀。どっちも暗記メインなんだから、休み時間だけじゃ無理。」 「そこを何とか。同じ銀狼獣人として、さ。」 俺は、尻尾を振って上目遣いに乾慈を見つめる。 「……仕方ないな。コロッケパン2個で。」 「俺の昼飯代無くなるじゃん!」 『ぼくは ここにいる』 「う〜。俺の昼飯代がぁ……。」 「勉強して来なかったのが悪い。」 そう言って、乾慈がさりげなく弁当を二つ取り出す。 「ほら、食べるか?」 「食べる!」 「こうなると分かってたから、今日は汀の分も……作っておいた。」 「乾慈、大好きだっ!」 「食べながら言うんじゃねぇ! ってか、抱きつくな!」 俺は赤くなった乾慈の頬に頬擦りする。もちろん弁当を食べながら。 「汀。……味はどうだ?」 「ん? んまい。」 咀嚼しながら答えたら、乾慈は凄く嬉しそうだった。 『ぼくは ここにいる』 「やっと放課後か。」 「今日はテストだけだから、まだ昼過ぎだろうが。」 乾慈に、しまいかけた教科書で叩かれる。 「いいじゃん。乾慈、時間もあるんだし、このまま遊びに行っていい?」 「ん〜。ごめん、汀。今日はバイト入ってる。」 「ちぇ。」 「ほんっっとに、すまん。」 『ぼくは ここにいる』 「じゃ、また明日な。」 「あぁ、またな。汀。」 俺は乾慈と別れて、一人で自宅へ歩く。 『ぼくは ここにいる』 「……あぁ。分かってるよ。」 少し大きめな独り言。 『ぼくは ここにいる』 「俺も一緒に居るぞ。」 『だぁれ?』 「俺はお前で、お前は俺だ。」 『……ぼく、ここにいたい』 「あぁ、居ればいい。」 『お兄ちゃん。ぼく……生きたい。』 「……そうだな。生きたいよな。」 目を瞑ると、小さな銀狼獣人の少年が、見つめてきた。 『ぼく……ぼく、死にたくない。』 溢れる涙を堪えながら、俺に真っ直ぐな瞳を向ける。俺は屈んで抱き締めながら呟く。 「誰だって死にたくないさ。大丈夫だから。」 少年を見つめて頭を優しく撫でる。 『……お兄ちゃん。なぎさ、お兄ちゃんみたいになりたい。』 「いつか、ちゃんとなれるさ。お前は俺なんだからな。」 少年の体が徐々に消えていく。 『……みらいのなぎさ。ぼく、つよくなる。』 「あぁ、強くなれ。」 目を開けると、真っ赤な夕焼け空になっていた。 「あん時の俺より、今の俺は、強くなれてんのかな。」 俺は空を見上げて白い息を吐き、自宅へ歩き出した。 = 完 =