<あなたに〇〇を> 「ただいま。」 「おかえり。」 ただ、それだけを望んだのに。 激しく降る雨。行き交う車や人達。 その中に、あいつは倒れ、 俺は傘もささず、ただ呆然としていた。 「アキラ、ご飯冷めちゃうよ?」 「あぁ、悪い。」 こうして一緒に食べるのは、いつもコンビニ弁当。 「たまには外食するか?」 「ううん、アキラも外じゃ遠慮するだろうから、いい。」 「なんだそれ。」 こんなやりとりでさえ、俺には涙が出るくらい嬉しかった。 ――だが。 「アキラ、ちょっと買い物してくるね。」 「一緒に行くぞ?」 「ううん、俺だけで行く。」 「……? 分かった。気をつけろよ。」 それが交わした最後の言葉。 今、あいつは集中治療室の中。 「アキラくん。」 「おじさん、おばさん……。」 部屋の前で、ただ見てるしか出来ない。 俺が止めてれば。俺が一緒に行ってれば。 悔しくて、悔しくて、部屋の前に跪く。 「あの…ね、アキラくん。 あの子が握り締めてたの、あなたに預けるわ。 きっと、あなたの為のものだから。」 渡された、泥に汚れた箱の中には 、二つのシルバーのリング。 片方はシンプルに装飾のないもの。 もう片方は、黒く塗られた、 竜のモチーフが飾られたもの。 「あいつ……俺の誕生日だからって……。」 その日は涙が止らなかった。 結局、あいつとはそれっきり。 今でも俺は、寝たきりのあいつの見舞いには行ってるけど。 「お前なぁ……寝てばかりいると、またドジが増えるぞ。」 寝てる額をぺちっと叩く。 「……ドジは増えないもん。」 あいつがそう言った気がした。 =完=