< 十一、卵 >================================================================== 目覚まし時計の時間を確認する。いつもの「仕事の時間」だ。 着慣れた制服に腕を通し、鞄を抱えながら急いで駅のホームへ向かう。 「こんな時間に起きて、間に合うの?凄いね、帆っ♪」 「……朝は聞きたく無いから、黙ってろ。」 フォイール弟とそんなやり取りをしながら、学校へと向かう。 (今年は、受験するかどうか決めないといけないんだよな……) 席に着くと、朝のチャイムが鳴って授業が始まる。……巳紅の席は空いたままだ。 ハールのおかげで、『転校』という事になっている。 巳紅の家族には本当の事を伝えたが、何処まで信じて貰えたかって所だ。 俺は『ご褒美』として、『巳紅の解放』を願った。 結果、それは叶わないながらも、罰が『巳紅』に与えられて、後に戻ってくる話しになった。 その罰とは、『もう一度全てをやり直すこと』に決まったそうだ。 今、俺の学生服のポケットにある、小さな白い卵だ。 仔竜や卵の時期は、どうやら出来るだけ傍に居ないと駄目らしいので、こうしている。 『巳紅』のような種の場合は、小さい頃は人間より成長が早いらしい。 人間で言う『青年期』になると、そこからは人間と成長が同じなようで。 こちらとしても都合が良いので、その辺りは気にしていない。 ……ちなみに、『巳紅』の記憶の方なんだが。『全て残ってる』らしい。『封印』の記憶も。 俺としては残ってない状態で、と考えていたのだが……それも『罰』なのか。 「さて、じゃあ帰るか……」 昼頃に俺は早退し、アンティークショップへ寄る。 「…いらっしゃい」 小さく店員は呟くと、何もなかったかのように本を読み耽る。 (……毎度のように愛想が無いな…) そんな事を考えながら、店内の品物を見回す。 「…まだその仔は孵らないよ。」 「ああ、判ってる。」 ちらっと店員を見て、また品定めに移る。巳紅がこんな状態になってから、 ちょっと寄った時に一発で見破られた。どうやらあっちの『関係者』なようだ。 ああ、そうそう。『あの時』ぶつかったのは、どうやらこの店員らしい。 大したことじゃないと思っていたが、この人(?)は『触れる事』で 『あの力』を持つ『候補』かどうかが判るらしい。 ……まぁ、何故俺がそんなものを持っているのかは、謎なままなのだが。 俺は、特に欲しい物が無かったので、適度に区切りを付けて店を出る。 「じゃ、今日は……『印の結び方』の練習ね〜♪」 「面倒だなぁ……もっと簡単になるようにしろよ……。」 文句を言いながら、俺は教わったとおりに手早く左手で印を宙に描く。 「風よ……、仇名す数多の敵を斬れ」 俺は念じながら、左手をフォイール弟が空から撒いた木の葉へと向けると、 かまいたちが木の葉を切り刻んでいく。 「ん〜……80点ってトコかな〜。ちょっと雑だし〜♪」 「俺はもっと違うのの方が良いんだよ。こういうのとか。」 そう言って、俺は目に辛うじて見える短剣を作り、上に投げる。 そして、上に飛んだ短剣に3つほど木の葉が刺さった所で念を込める。 刺さった木の葉は微塵に切り裂かれ、その周りの木の葉も切り刻まれる。 「……ふぅ。やっぱりこっちの方が楽だ。」 「慣れないのを練習するから、意味あるんだよっ♪」 「とりあえず、適度に黙れ……。」 言っても無駄な事を言いながらも、今日も練習に励む。 結局あの後、未だに俺は手伝いをしていたりする。手伝うのを止めても良かったのだが、 どちらにせよ巳紅の事など、聞きたい事はまだまだ色々あるからな。 あれ以来、ハールには会っていない。腕輪の輝きも失っている。 指環の方は……ご覧の通り健在だが。 たまに来る依頼自体は、『封印』の時とは違い、大したことも無いようなのがほとんどだ。 『ある者の監視』やら、『文献の整理の手伝い』やら。……雑務か、俺は。 (……さて、行くか……) 今日は『騒動の抑止』らしい。ある程度は『力』を使う事も許可されている。 まぁ、大したこともなく済むだろう。 (巳紅……もう少しの辛抱なんだ……よな) 小さく俺はそう呟き、胸元のポケットに軽く触れた後、 『今の世界』から『竜の世界』へと移動する。 ……トクンと、小さく卵が揺れた気がした。 =================================================================================== <紹介みたいなもの> 砂原 帆   … 高校二年生。♂。周りが結構どうでもいい。比較的、脳天気。 (さわら かい) 國府田 巳紅 … 高校二年生。♀。帆の行動が面白いらしい。 (こうだ みく) 店員     … アンティークショップの店員。 碧い竜(兄)  … 双子の竜、フォイール。二竜を総称した名前。 碧い竜(弟)    兄は普段無口。弟はお喋りだが。 紅い竜    … 紅い竜、ハール。フォイール達より年齢は上のようだ。 黒い竜    … 『封印すべき竜の中の一竜』。大人しいタイプだった。 白い竜    … 『封印すべき竜の中の一竜』。武器は『光』。凶暴。 赤い竜    … 『封印すべき竜の中の一竜』。武器は『炎』。巳紅自身。 「何か」   … アンティークショップの店員。フード等が無かった為、          帆が判らなかったようだ。 「その子」  … 夢に出てた子。赤い身体を持つ仔竜。巳紅自身の幼い記憶。 指環     … 双竜の指環。媒介:『水』 竜:『双竜 フォイール』 腕輪     … 紅竜の腕輪。媒介:『炎』 竜:『紅竜 ハール』